第3話 微かな希望
大いなる試練
高校生になると大いなる試練が待っていた。
通っていた小・中学校は1学年1クラスしかなかったのだが、隼人が進学した高校は1学年10クラス、全校生徒が1,200人もいるマンモス校だった。
狭い学区特有の持ち上がり入学となる小・中学校では、ほぼ全員が隼人の初期症状からずっと知っていたので、誰からどのような攻撃を受けるかはおおよそわかっていたが、高校ではそれとは訳が違ってくるのは覚悟していた。
あらゆる方面から攻撃があるのは予想できていた。
ただ、3年間耐える覚悟はできていた。
「これまで耐え続けたんだ。次の3年間も絶対に耐え抜く、絶対に負けない。これまでどおり絶対に表に出さない。馬鹿にされても我慢し続ける」
案の定、入学して間もなく隼人への攻撃が始まった。
これまでは直接的な攻撃だけを受けてきたのだが、それに加えて、高校では、シカトする、話しかけても話してくれない、聞こえるように陰口を言われる毎日だった。
最初のうちは、これまでの経験からなんとか対処できると思っていたが、次第にその陰湿さに圧倒され始めた。
特に授業間の休み時間や昼休みになると、教室の一角で、わざと隼人に聞こえるような大きな声で集団で隼人を馬鹿にする内容の話をしているのが耳に入ってきて、心が締め付けられるような気持ちになった。
教室のどこにいても視線を感じ、まるで監視されているかのような錯覚に陥ることもあった。
何で俺だけが・・・
さらにいじめがエスカレートすると、クラスメイトたちは隼人に嫌がらせをするための計画的な行動を取り始めた。
隼人は、ほとんどの人ができる「話す」ということはできなかったが、学力や運動能力だけは比較的高かった。
家でひたすら猛勉強しているわけではないし、スポーツクラブに入っていたわけでもないのだが、テストの点数は平均点以上で、運動能力と言えば、全国共通の体力テストの総合評価はAまたはB評価だった。
これが災いした。
それはクラス委員長を決める時に起こった。
「無記名で、生徒一人ひとりが、クラスの中から自由に1人を選んで投票する」というルールのクラス委員長選挙において、隼人に向いていないのが明らかなのにもかかわらず、クラス中で協力して「隼人」に投票したのだ。
その結果、隼人がクラス委員長選挙で1位になってしまったのだ。
隼人の能力だけで判断しなければならない担任の先生は、「悪ふざけの結果だからやり直しだ」とクラスの生徒たちを断罪することはできず、この結果を受け入れるしかなかった。
ほとんど無理やりクラス委員長にさせられた隼人は吃音のせいでうまく話せなかった。
「き、き、き、起立、・・・れぇ」
隼人は、授業の始まりの合図「起立、礼」も言えなかった。
そんな隼人の辛そうな姿を見て、クラスメイトたちは毎日おもしろおかしく笑っていた。
「何、あれ、ウケる」
「あいつ、そんなこともできないの?○ねば?」
聞こえてくる矛盾した言葉に、心の中では、
「俺は好きで委員長をやってるんじゃない。お前たちが無理やり選んだんじゃないか」
と反論したかったが・・・、上手く話せないのは自覚していたので一言も反論できなかった。
数日間はそれが続いたが、その様子を見かねた先生たちは、「授業の始まりと終わりの合図はクラス委員長が言う」というルールから、「クラス全員が日替わりで順番で言っていく」に変えた。
「マジかよ、めんどくさ」
「あいつのせいじゃん」
クラスメイトの心ない言葉と反論できない悔しさのせいで、隼人の心はどんどん閉ざされていった。
授業の合図以外にも、クラス委員長として発言しなければならない場面は多く、言いたい言葉が出てこない自分が嫌になり、心はさらに病んでいった。
「俺には何もできない」
「こんな風に生きていて何の意味があるんだろうか」
と、自分自身を責める思いが日々強まっていった。
隼人は、家に帰ってから自分の部屋の椅子に座ると、急に涙が溢れてくることが多くなった。
自分でも理由がわからず、ただただ涙がこぼれ落ちるその瞬間、どれだけのストレスを抱えていたのかを痛感した。
辛さを表に出さないという誓いが、今にも崩れていきそうだった。それでも、家族には絶対に見せまいと必死にこらえたが、隼人は心の中で、
「何で俺だけ・・・くそっ」
「誰か助けてくれよ。頼むよ。誰か助けてよ」
と叫び続けていた。
「俺はこのまま生き続けられるだろうか?」
「いっそのこと、すべてを終わらせたい」
自問自答を繰り返しながらも、答えは見つからなかった。
これが俺の全てではない
そんなある日のこと、ふとテレビをつけると、生まれつき手足がなく電動車椅子で生活をしている男子大学生の本が紹介されていた。
「障害は不便です。だけど、不幸ではありません」
その男子学生は本の中で、かの有名なヘレン・ケラーの言葉を引用していた。
「不幸ではない?この人は手足がないのに、何であんなに楽しそうに生きてるんだ?」
7歳の頃に発症してからずっと、隼人は「自分は不幸の下に生まれた」と思っていた。
生まれてからずっと手足がないその男子大学生は隼人よりももっともっと大変なはずだ。なのに、なぜかそんなことは微塵も思っていないようだった。
その疑問はすぐには解決しなかったが、その男子大学生が明るく楽しく生きている姿を見て、大切な何かを掴めそうな感覚にあった。
その男子大学生の本からは「自分の障害は特徴の1つだと考えている」ということが読み取れた。
それを自分自身と比べたとき、自分はただ吃音症に囚われ、周りの反応に一喜一憂しているだけだった。
自分自身を苦しめていたのは、他人の言葉や行動ではなく、それを気にする自分自身だったのかもしれない。
「なぜ俺はこんなに自分自身を苦しめているんだろう?」
その問いが頭から離れなかった。
「その男子大学生のように、吃音症を受け入れて生きていくことはできないのか」
と。
「この症状は、俺の一部に過ぎない。これが俺の全てではない」
学校で受けるいじめに耐えながら、心の中で何度もその言葉を繰り返した。いじめを受けるたびにこの言葉を繰り返した。
「この症状は、俺の一部に過ぎない。それが俺の全てではない」
この言葉によって、以前のように過剰に反応するのではなく、冷静に受け流すことができるようになった。
いじめは相変わらず続いたが、隼人の心には少しずつ強さが宿っていった。男子大学生が書いた本との出会いが、隼人の人生を変えていくきっかけとなった。
「今、俺は自分のことを不幸だと思っているが、もしかしたら、心の持ちようで変わるのかもしれない。この症状があるからといって、それが自分の全てではない。自分にはまだまだ可能性があるはずだ。辛かった経験を糧にして、前向きに生きていくことができるかもしれない」
隼人に一筋の光が差し込んだ。
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